逸見坂 (文京区)

逸見坂白山4-32と34の間「白山神社裏門の南、小石川御殿町と指ヶ谷の間より南へ御殿町へ上がる坂あり、逸見坂といふ、旧幕士逸見某の邸、坂際にありしより此名に呼ぶなり」(『東京名所図会)武家屋敷にちなむ坂名である。このあたり「旧白山御殿町」で、逸見坂はその北のはずれにあたる。町名の由来は、白山御殿(後…

蓮華寺坂 (文京区)

文京区白山二丁目と四丁目の間「蓮華寺即ち蓮花寺といへる法華宗の傍なる坂なればいくいへり。白山御殿跡より指ヶ谷町の方へ出る坂なり」と改撰江戸志にある。蓮華寺は、大正15年(1587)高橋図書を開基、安立院日雄を開山として創開した寺院で明治維新までは、塔頭が六院あったという。なお、この坂道は小石川植物園…

浄心寺坂 (文京区)

浄心寺坂「小石川指ヶ谷町より白山前町を経て東の方、本郷駒込東片町へ上る坂あり。浄心寺坂といふ」(新撰東京名所図会)浄心寺近くの坂なので、この名がついた。また、坂下に「八百屋於七」の墓所円乗寺があることから「於七坂」の別名もある。文京区教育委員会 平成19年3月八百屋お七の墓お七については、井原西鶴の…

お化け階段 (文京区)

文京区弥生2丁目18番と19番の間を、やや曲がりながら西に上る階段〈特徴〉 長さ:40段 傾斜:やや急 形態:途中で折れ曲がる階段上りと下りで段数が異なることから「お化け階段」として知られる坂道です。かつては幅が狭く、薄暗い道でしたが、拡幅工事が行われ、手すりもついて、きれいな階段…

弥生坂 (文京区)

弥生坂(鉄砲坂) 弥生一丁目と二丁目の間かつて、このあたり一帯は「向ヶ岡弥生町」といわれていた。元和年間(1615~24)の頃から、御三家水戸藩の屋敷(現東大農学部、地震研究所)であった。隣接して、小笠原信濃守の屋敷があり、南隣は加賀藩前田家の屋敷(現東大)であった。明治2年(1869)これらの地は…

湯立坂 (文京区)

湯立坂2007都市景観賞【ふるさと景観賞】を受賞。「タモリの東京坂道美学入門」(講談社)都内最高評価湯立坂は、情緒ある坂の傾斜や形状、帯状につながる公園の深い緑、歴史を感じさせてくれる石積みが相まって、文京区の景観づくりに貢献しています。(文京区)「我方を思ひふかめて小石河いつをせにとかこひわたるら…

茗荷坂 (文京区)

「茗荷坂は、茗荷谷より小日向の台へのぼる坂なり云々」と改撰江戸志にはある。これによると拓殖大学正門前から東西に上る坂をさすことになるが、今日では地下鉄茗荷谷駅方面へ上る坂をもいっている。茗荷谷をはさんでのことであるので両者とも共通して理解してよいであろう。さて、茗荷谷の地名については御府内備考に「・…

服部坂 (文京区)

小日向1-7と2-6の間坂の上には江戸時代、服部権太夫の屋敷があり、それで「服部坂」と呼ばれた。服部氏屋敷跡には、明治2年(1869)に小日向神社が移された。永井荷風は眺望のよいところとして、『日和下駄』に「金剛寺坂荒木坂服部坂大日坂等は皆斉しく小石川より牛込赤城番街辺を見渡すによい。・・・」と書い…