茗荷坂 (文京区)

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「茗荷坂は、茗荷谷より小日向の台へのぼる坂なり云々」と改撰江戸志にはある。これによると拓殖大学正門前から東西に上る坂をさすことになるが、今日では地下鉄茗荷谷駅方面へ上る坂をもいっている。
茗荷谷をはさんでのことであるので両者とも共通して理解してよいであろう。
さて、茗荷谷の地名については御府内備考に「・・・・・むかし、この所へ多く茗荷を作りしゆえの名なり云々。」とある。
自然景観と生活環境にちなんだ坂名の一つといえよう。 
 
縛られ地蔵 小日向4-7-2
人々が願いをかけるとき地蔵尊を縄で縛り願いが叶うと縄をほどくので、しばり地蔵ともいわれた、『江戸砂子』には小日向林泉寺の、しばり地蔵は大変有名であると記されている。
「昔、呉服屋の手代が地蔵さまの前で居眠りをしているうちに反物を盗まれてしまった。奉行は石地蔵が怪しいと言って地蔵を荒縄でしばり奉行所に運んだので物見高い見物人が一緒に奉行所内に入ってしまった。許しもなく入った人々に罰として三日以内に反物を持参させた。その中に盗品があり犯人を検挙した」この「大岡政談」の話の地蔵尊は現在の葛飾区東水元(南蔵寺)にあるが、「縛られ地蔵」として有名になったのもこの頃からと思われる。
 文京区教育委員会

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