駅からの帰り道、昨日より風がない分暖かい。
汗ばんできたのでパーカーを脱いで薄いコットンの7分ブラウス一枚で坂道を登る
途中、青々としたヨモギがあったので片手に収まるだけ摘んで歩いていると老齢の殿方に「蓬ですか」と声をかけられた
蓬色に染まった爪先を隠しながら「あんまり綺麗なのでシフォンケーキにしようと思って」と返事する。
「近頃、蓬を摘む人は見かけなくて、、ボクは小さい頃から婆さんの作る蓬餅を食べてきて、それの美味いことと言ったら」と遠くを懐かしむ目で続けた。
私は想像する。
月うさぎが使うような胴体にくびれのある木の臼に、前日から水をたっぷり吸わせ蒸し上げもうもうと蒸気の立つ餅米を入れる。
さっと茹でられ青さを濃くした蓬も加える。
そして殿方が最初はそれらをすり潰しながら塩梅をみて杵を持ち上げ渾身の力を込めて打ち下ろす。
蒸気が生き物のように二つに分かれて消えていくのを見届けるかのように絶妙なタイミングで「はいよ」と婆さんが合いの手を入れ杵の跡がついた熱々のそれに手を差し入れ転がす。
そうしてつきあげられた餅は冷めないうちに餡を包んで大小不揃いの蓬あんころ餅となり居間のテーブルに頓挫するのだ。
そして春の香りは幼い少年の心に半世紀も焼き付けられ消えることはない。
ああ、なんて贅沢なことか!