鰻の名店の暖簾をくぐるため空が眩しい5月の日に伊豆下田まで車を走らせる。
美味しい物をいただこうとしたら多くの場合は時間を必要とするものだ。
2時間弱の車中、頭の中で描き出すのは蒲焼の匂い。
創業以来継ぎ足してきたタレに熱々の鰻をつけて旨味や深みを増した独特の燻製臭。
醤油と味醂、砂糖に酒が焦げたあの鼻腔をくすぐる匂い。
「よだれが出そう」という言葉があるけど唾液は気持ちをストレートに代弁する。
そんなワクワクした気分で緑の山道やコバルトブルーの海が広がる国道を走る時間は決して悪くない。たとえそれが空腹であろと、なかろうと。
下田の老舗、小川家は注文してから鰻を捌くので必ず予約が必要だ。
鰻は関東風に背開きにして背骨に添わせて丁寧に包丁を入れ蒸し上げる、そして受け継がれてきたタレをつけ数回焼く、ひとつひとつ手を抜くことのない作業に1時間はかかる筈。
お客様を待たすことのないよう心配りされたおかげで待つことがなく至福の鰻丼をいただけるとは幸せだ。
以前、都内のうなぎ屋さんでは予約を入れたにも関わらず客の顔を見てから捌くとかで1時間は優に超えて待たされた。4人連れだったが話も尽きてしまい困った記憶が蘇る。
後に知ったが小川家は通常予約困難らしい。
この日は緊急事態宣言解除後間もないせいか平日1時間前の予約がすんなりとれ入店後も他にはグループ1組が階上の席にいるのみ。
1階には4人掛けのテーブル席が2卓と小上がりがある。
テーブル席に案内され心地よい生簀からの水音を聞いているとお茶生産地にふさわしい濃厚なお茶が運ばれてくる。
昭和レトロな紺地に白の水玉模様の湯のみ茶碗にキュンとなる。
そしてやや小ぶりかと思われる黒内朱塗りの重箱がはこばれる。
ぎっしりと詰まったご飯の上に見た目も上品で恥じらうような焦げ目のついた鰻はふっくらとして少し丸みを帯びている。
とろける触感の鰻に固めに炊き上げ甘すぎないタレの染みたご飯のバランスがとてもいい。
こんな絶品鰻重が肝吸いと香の物付きで4千円弱とは人気店であるのも頷ける。
まさにキングオブ鰻!!
近所の創業明治20年当時の蔵造りを今に残す商家「土藤商店」のギャラリーも必見です。